なぜリア充至上主義なのか

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香りでプロモーション

プロモツール株式会社をご存じでしょうか?この会社の面白いビジネスに、香りを使った宣伝があります。

例えばスーパーの一角にジャガイモとかタマネギ、肉類、カレーのルーを置いて、そこにカレーの匂いを発生させる装置を置いておくと不思議と客は引き寄せられて買っていきます。

釣られる客

このように考えると「客を釣る」ということに長けている人は商才があると言えるかも知れません。しかし「釣る」という表現はどーだろうか?という気もします。客は人間ですから理知的に売り込みをすべきではないのかと。しかし、そんなことを言っていては商売では勝てません。

人間をマスなものと考えて、その多数派が食いつくような戦略を立てる。これは多くの企業において重要なことです。

人類は万物の霊長とか言って調子に乗っていますが、基本的には動物であり、知性より動物的な感覚で行動することも多いのです。その事実を痛いほど突きつけられるのが恋愛市場です。

ターゲットに人格を認めない人

これはナンパと同じ理屈かも知れません。色々なナンパ師はいますけれど、多くの人が言うのは「女に人格を認めない」ということです。優しくしたり、興味を引く話題をするとか、相手を人間と見て口説こうとしていると効率が悪いというのです。こういう行動をすれば「釣れる」というパターンを多くのターゲットに試し、ダメならさっさと次へ行く。釣った魚に餌はやらねーという感じで、釣れた女にはもう心を砕きません。

あるナンパ師が言うには「女を人間だと思っていたらナンパなんかできないし、ポイ捨てもできない」とのことです。この「女」を「客」に置き換えたらどうでしょうか?甚だひどい話ではありますが、実績を評価すればこういうマスなプロモーションができる人は優秀な人材と言うことになります。

就職活動におけるリア充至上主義

そう考えると、就職市場でリア充を好むのはわかります。繊細な神経を持った人より、尊大で厚かましくて強気なリア充が客をどんどんつり上げて金を出させる。これが達成されれば企業は安泰です。

ただ、そういうので成り立っている会社というのは低レベルな会社で、それこそ文明が崩壊しても成り立つようなものではないでしょうか。日本が技術立国だとすれば、セールスは必要でしょうが、オナニートだってそれなりに尊重されていいし、実際に過去にはそういう時代もありました。

もう日本は二次産業は終わっていて、第三次産業で生き残れる人材が最も求められているのでしょうか?