「なぜ山口教授は橋下市長に一方的な負け方をしたのか」

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なぜ山口教授は橋下市長に一方的な負け方をしたのか。

見たけどあれは喧嘩慣れですな。

橋本市長は発言の前にことあるごとに、これだから学者はものを知らないと何度も発言をして、スタジオ、相手の大学教授、視聴者の意識を「学者はバカ」という方向に誘導して成功した。たぶんあれは意図して強調していたと思う。テレビの通販でよくある商品名を連呼するやり方があるけど、あれと同じ。繰り返し同じことを言うとどうしても意識の上にそれが残る。

だから相手の大学教授も自分の発言の前に「これだからヤクザの息子は」とか「独裁者はすぐにそういう」とか言ってから論を展開すればよかったかも知れない。完全にガキの喧嘩ですな。口げんかで勝てるとは思えないけど、ともあれ相手が得意な土俵で戦わざるを得なかったことが敗因でしょうね。

もっともあの大学教授はそれを除いても格が違いすぎたと思うけど。例えば橋本市長がビジョンを強く打ち出しているのに「中身がないことばかり言って」と反論していたけど、あれはどう見ても説得力が弱い。橋下流を否定して、じゃあどうすんの?という疑問に答えていないのは大学教授の側だった。

日本の反知性主義は困る

とはいえ、ああも一方的にやられてしまうと「学者はバカ」というイメージが強く残ってしまい、たださえ日本はアカデミズムを軽視して泥臭い労働ばかりで長時間労働、低賃金で働く社畜的労働観が美徳とされているのに、ますますそうなると困る。

「現場を知らない」というのは、譬えて言うならば石器時代に青銅器を作ろうと試行錯誤している人に「現場はみんな石器を使っている、愚にもつかないことに時間を費やす暇があるなら働け」と進歩を否定することにもなりかねない。石器を使って効率の悪い労働をしている側からすれば、まだ実用にならない青銅器の開発なんかに時間を使う暇があるなら少しでも多く畑を耕せってことになるかも知れないけど、青銅器を開発すれば仕事の効率は断然よくなる。人間の社会はこうして発展してきたわけ。実際、青銅器とか鉄器をいち早く手に入れた民族は隆盛を極めてきた。

そういうわけで、アカデミズムによる現場の先入観にとらわれない智慧というのは文明人にとって欠かせないものであるのに、橋下市長は格下の大学教授をやり込めるために、バカな一人の大学教授を批判するのではなく、大学というものそのものが下らないというような言い方をして強く印象づけた。あれはよくなかった。

なにより橋下市長のやり方そのものが現場の常識を覆す、ある意味学者が考えそうなアイディアの実践だった。