連帯保証人制度は日本の恥

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茂木健一郎(著名人につき敬称略)が連続TLで連帯保証人を叩いている。

連帯保証人というのは、つまり契約者本人と同じ債務を背負う点で保証人より厄介である。Wikipediaからコピペすると

連帯保証人には、催告の抗弁権と検索の抗弁権はなく、債務者と全く同じ義務を負う(454条)。

連帯保証人であれば、借りた本人と同等の地位となるため、借りた本人がどのような理由であっても返済を拒否した場合や、借りた本人の返済状況によっては、連帯保証人にいきなり返済を求めることも可能となる。一般に、貸金での保証人となることは自分が借りたことと同等であるといわれるのはこのためである。

銀行や消費者金融、信販会社、奨学金などでお金を借りるときや契約書型ショッピングクレジット(個別信用購入あっせん)の保証人は、連帯保証人が求められることがほとんどである。これは、単なる保証人では催告の抗弁権や検索の抗弁権が存在してしまうからである。催告の抗弁権は、借りた本人に金を返すように連絡をすることを要求することで、検索の抗弁権は、借りた本人に返済可能な資産がないかどうか確認、あれば執行することなどを要求するものである。これを利用されると、夜逃げした本人を探したり、話をしたりする必要があり面倒なため、連帯保証人を利用する。銀行から融資を受ける場合、信用保証協会の保証を連帯保証人に代える場合もある。

主債務者に自殺が多いなど国の内外から人権問題として度々取り上げられており、民主党のマニフェストに、廃止も視野に入れた改正が盛り込まれている

よくわかんない人には「連帯保証人は絶対に引き受けちゃダメ」と言っておけばいいだろう。

あと民主党のマニフェストは書くと絶対に実行しないため、やって欲しいことは「お願いします、マニフェストには書かないで」と懇願したほうがいいのかも知れない。

人生初の連帯保証人を引き受けることにした

留学生の友人が大学の寮に入るにも連帯保証人が必要(しかも日本人でないとダメらしい)だというので、ちょっと悩んだけれど引き受けることにした。連帯保証人制度は日本の恥だと思うし、そのことで苦労させたくなかったからである。

茂木健一郎のTLに

http://twitter.com/kenichiromogi/status/31542314312663040

あと、外国人とか、身よりのない人とかが入居するときに、連帯保証人を求める不動産業者、大家はみな「ならず者」と認定するから、そのつもりで。

とあるが、全面的に同意である。外国人は日本に連帯保証人を引き受けてくれるような友人がいないと家を借りることもままならないのである。もちろん、連帯保証人をとらない借家もあるのだけど、多くはまだ必要とする。

日本人が台湾だろうとトルコだろうとアメリカだろうと、たぶん世界中のどこでも自由に住めるのはこのふざけた制度がないからである。せいぜいデポジットを1, 2ヶ月払えば入居できるのが国際標準だし、合理的である。

連帯保証人制度って草食系の杞憂野郎の発想だよね

杞憂野郎というか草食系というか、いつも「食われる」「被害に遭う」ばかり心配している人がいる。日本人にはそういう人が多いような気がする。何かをするにも失敗したらどうしようみたいなことばかり考えていて、機動力に乏しい。しかも、往々にしてこういう人の方が被害に遭うらしい。ライオンを恐れる調教師の方がライオンに噛まれやすいというけど、それに似ているのかも知れない。

連帯保証人制度はむしのいいもので、例えば借金をして夜逃げをした人がいたら、その人の連帯保証人にほぼ無条件で請求できるというものだ。きわめて貸し手にとって都合のいい制度である。誰だ、こんなバカな制度を法制化したやつ。

連帯保証人制度によって家を借りられなかったりして困る人もいるし、連帯保証人になったことでひどいことになったり、貸し手にとっても逸失利益があるかも知れない。貸し手は連帯保証人を求めない自由もあるけど、テンプレ的になっているのでそれが当然と思っていて意外と損をしている可能性はあるだろう。

貸し手にとって常識にまで根付いてしまったこの糞制度は、自主的にアホらしいからやめようという流れは期待できない。法的に連帯保証人を求めるのを禁止するくらいしないとダメかも知れないが、そうすると闇金が流行るとか弊害も考えられる。めんどくさー。

追記:日本の金融業って糞

全体的においらは日本の銀行は嫌い。問題の発端は大学の寮だけど、連帯保証人文化は銀行が創ったんじゃないかと思っている。日本の銀行の何が糞かって、金融(金を融通する)業務を名乗るくせにろくに金を貸さない。だからサラ金が流行る。さらに闇金が流行っている。銀行で金を借りようと思ったら担保がほとんどの場合で決め手になる。某メガバンで働いている知人の話だと、規定のプログラムに必要事項を入力すると直ちに融資可能かどうか判定され、ほとんどそれのみで決まるらしい。事業の将来性があっても担保がなければ金は出ない。非常に画一的というか思考停止した組織である。

おいらはやや外銀マンセーなところがある。外銀も色々と問題があるのは確かなのだけど、金融業という視点で見た場合には日本の銀行よりずっとまともに機能していると思う。あくまで比較だけど。日本の銀行は吸血鬼だし、脱税王だし、増資魔であって、しかも長く護送船団方式でぬるい商売をしてきた。こいつらさえいなければ、もう少し日本の景気はまともだったと思う。少なくともメガバンクの誕生は規制すべきだったと思う。20年くらい前の都市銀行レベルの銀行が乱立している方がまだ健全である。

石原慎太郎は色々困った爺さんだと思うけど、新銀行東京の理念は立派だと思う。ただ、そのトップにアホ(どっかの企業の重役とか東京都港湾局長とか素人)を据えたことで食い物にされてメチャクチャになった(ほんと、日本人のモラルって低いと思う)。今の日本に必要な政策は多いけど、新銀行東京みたいな理念の金融機関を政府が作って、そこにまともな経営者を据えることではないだろうか。

3 件のコメント

  • 連帯保証人はなったらダメな風潮ですが、
    制度自体はなくならないでしょう。
    これは草食系というか、
    単に貸す側が自分の能力が信用できないので
    できた法律でしょう。
    銀行がろくに金を貸さないのは、
    銀行の実力がない証拠です。
    正直これは、中小企業の資金繰り問題と
    税金の問題セットになっている問題でしょう。

  • 金融業には疎いですが、確かにメガバンが金を融通する営みをしないという話はよく聞きますね。
    知り合いにベンチャー起こしてそこそこ軌道に乗せてる人間がいるのですが、財務諸表一式見せて健全であることを伝えても全く取り合ってくれないと嘆いていました。融資の相談に来た相手の会社規模が小さいというだけでふんぞりかえったような態度になるだとか。

    新たなチャレンジをしてミクロな規模ではあっても雇用や産業を作ろうとしている人はたくさんいると思うんですね。
    ただ挑戦している人間が次なるステップのためテコを仕掛けようとしているときに、銀行はテコをつくるための道具(金)を貸そうとはしないんですよね。

    本来銀行ってのはただの集金屋ではなく、集めた金の多さが作り上げるリスクへの抵抗力ってのを基盤として、経済のいたるところで大小のチャレンジをする主体がリスクをとるときに適宜サポートするべきだと思うんですよね。
    それでこそ産業の成長や社会の発展に資することができるわけで。

    ただまぁマクロ的な雇用に関する視点で考えると、そういうメガバンの性により守られている大企業(とその社員の雇用)が多少なりともある訳で、その雇用の量と資金繰りに苦心して成長の芽を摘まれた中小企業が生み出せたハズの雇用の量を考えた場合に、前者が上回っていればいいという考えもありますね。

    ただ、大企業の雇用慣行を考えると、雇用については量的な問題だけでなく質的な問題も考えなくてはなりませんし
    また税制度との関連で見た場合に、どういった人間にカネが回っていき誰の人生が代わりに苦しくなるのかなど色々な視角から検討せねばならないでしょうが。

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