コメントのお返事

広告

このエントリはコメントのお返事です。

国産ケータイがダメな理由

POSTED BY MR.T ON 2011年2月10日

正直、こんな記事を見ると狂っていると思います。これは「エスキモーに氷をうる」以上に難しいことでしょう。このような研修はもはや目的を見失っているように思います。(歌を歌うとか、宴会の一発芸にしか使い道が思いつかない)

さらにゆとり世代に異常なくらいの偏見があるんじゃないでしょうか。なぜ、こんな無茶苦茶な研修を考えて文化として続けているのか?さっぱりわかりません。商品開発については、現在ではある程度の水準が満たされているので、すくなくとも日本国内では並の商品では売れないと思います。携帯電話がいい例でしょう。(現在はスマートフォンがあって微妙ですが)今までそれをカバーしてきたのが、営業マンの能力でしょうが、ここらへんにきてそれも限界がきてるように感じます。

エスキモーに氷を売るためにはマーケティングを工夫しなければなりません。そのノウハウを教えて優秀な営業員にしようというのであればいいと思います。うちの新人研修は石ころや木片すら売れるマーケティング技術を叩き込みますとかね。でも根性論ですから。

ゆとり=バカ論の根底には反知性主義があると思っています。前にも書いたけど、ゆとり教育というのは画一的な教育をやめて自由に勉強させた方がいいんじゃないかという考えに基づいています。実際、勉強が得意な人にはかったるい学校の授業は苦痛でしかないのです。かといって習熟度別クラスとかやると「できない子が可哀想」というよくわからない平等論を持ち出してきます。勉強ができる子は中学校、あるいはもっと早くから進学校に入れてしまうのが正しいのでしょう。

ともあれ、あちこちを見ていると教育の本質=詰め込みとか、名門大学の学生は勉強だけしかできないバカみたいなことを平気で言ってのける人が多く、おいらはこういうのを反知性主義(の1つ)と呼んでいます。そして、詰め込み教育ができていないからバカみたいなことを言うわけですが、そういうことを言っている人は図抜けたエリートを見たことがないか、見たとしても価値を理解できないわけです。

携帯電話はシステムで負けたように思います。おいらもiPhoneを持っていますが、いわゆるガラケーは使う気がしません。また、国産Androidもいまいちガラケーの思想が抜けないため食指が動きません。一例を挙げると最近のauのAndroid携帯を見たところ「標準アプリ」がたくさんついています。で、操作感がもっさりしているのですが、これは適切な代替アプリを探してインストールするとサクサク動くようになります。つまり、いつまでも携帯キャリアはあくまで回線屋に徹するのが最善なのですが、まだそこんとこ割り切れていない。

スポーツマンより体育会系な会社

POSTED BY 新戸 ON 2011年2月10日

行き詰ると精神論に走るのは日本の悪しき伝統ですよね。「全員野球で取り組む」「アットホームな職場環境で~」とか聞くと、思わず身構えてしまいます(笑)別にチームワークを否定するわけではないのですが、非合理的な方法論で連帯を強いるのは長期的に見て得策ではないでしょう。研修や新人訓練の内容について、研修者から「どうしてそれをするのか?」と聞かれて、その目的と効果を説明できないようなことはするべきでないと思います。研修する側も貴重な労働力を割いて無駄なことをやっているわけで、損失しか生まない。社歌と社訓を全員(新人に限らないのがポイント)で覚える、程度くらいはやってもいいと思いますが。

体育会系というか、前述の反知性主義かなあと思っています。古いスポーツの代表は相撲で「ちゃんこ食って稽古すれば強くなる」みたいな考えのところが結構あるらしく、近代的な格闘技としての知性がないらしいです。ボクシングも昔は「機関車のように打たれても打たれても突き進め、防御なんか男のすることじゃない」みたいな根性論があったけど、最近のボクシングは防御を重視するのが一般的のようです。そうでないと選手生命を短くしてしまいます。このようにスポーツも最近は知的なものになっていて、まともな体育教師なら水も飲まずに炎天下で練習させたりはしません。でも、まだそういうアホ教師が残っていて、特にそういうのが多く残っているのが体育会系とはほど遠いはずの企業の中だったりします。