中学受験について

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最近、あちこちで中学受験についてのエントリが上がっている。中学受験?うん、そればいいんじゃない?と思う。ここでは主に「中学受験こそ日本のエリート教育の本流、東大なんてクソ」について取り上げる。特に断り書きがなければ引用は「中学受験こそ日本のエリート教育の本流、東大なんてクソ」から採っている。

当然のことながら彼らエリート中学受験生は、小学校の先生よりはるかに頭がよく、はるかに多くのことを知っている。特に理科のような科目ではできる子供は際限なくできるので、小学校の教員の無能さには耐えられなくなる時が来る。当時ひとりの生徒が「うちの学校の先生はぜんぜんわかってなくて、よく間違ったことを教えるんだ。あんな授業受けたくないよ」と僕に打ち明けてきた。

こういう気持ちもわかる。うちは親に聞けばだいたい教えてくれたので特に苦痛にはならなかったけど。

成績が振るわなくて、下のクラスに落ちてしまった子供たちは、家に帰れば両親、特に母親に厳しく叱責される。中にはぶたれるれる生徒もいた。中学受験とは、ある一面では母親同士の代理戦争なのだ。

ともあるけど、親の過度の教育熱って親自身の失敗に基づくことが多いんじゃないかと思う。ぶっちゃけて言うと、親が勉強ができなかったから子供に強く求めている節がある。いい学校に入るのは見栄のためではなく、そっちのほうが楽しいからなんだと思うけどな。

名門校に入ってくる生徒の親が十分勉強ができて、親は普通の公立に行けばいいじゃないと思っているのに子供が勝手に受験したいと言って入ってくる場合もある。

この気持ち悪さはなんだろう

考えてみてくれ。日本で一番いい大学といわれている東大にいったい毎年何人入学すると思う?3500人だ。大学院も合わせたら全部で20000人もいるマンモス大学だ。早稲田や慶応の学生にいたっては一学年だけで何万人もいて、それこそひとつの都市と同じぐらいの人数がいる。そんなたくさんいる人達に何らかの希少性が生まれると思うか?答えはもちろんノーだ。その点、超難関中学はせいぜい100人や200人の超エリート小学生しか入学できない。

この人もそうだけど、大学で何も学ばないという前提で喋る人は多いよね。大学は学ぶところじゃないから1年から就活を始めろとか著名人が言っちゃったり、社会化しなきゃとか、他にも色々。批判を承知で言うと、どういうわけか共通点は文科系出身者ばかり。文系って大学で何を学んでいるんだろうか。

件のエントリの著者は「国内の某大学理数系学科を卒業後、欧米の研究機関にて計算科学の分野で博士号を取得。世界的なジャーナルに多数の学術論文が掲載される。欧米の大学院でしばらく教鞭についた後〜」とあるので理科系のようだけど、本当かな。

超難関中学はせいぜい100人や200人の超エリート小学生しか入学できない?

これは明らかに嘘だと思う。超難関中学ってどこを指しているか定かではないけど

男子だったら麻布、開成、武蔵、女子だったら桜蔭、女子学院、雙葉という超難関校に何人合格させられるかで全て評価されてしまう。

とか

「○○ちゃんはこんどKコースに上がったんですって? この調子だったら武蔵中学もねらえるかもしれないわねー」「あーら、△△さん、やだわー、うちの子なんてこの前のマンスリーテストはたまたま運がよかっただけですよ。オホホホ」「ところで、□■さんのとこの子、開成中学を受けるらしいわよ」

という記述から開成、武蔵、麻布あたりを想定していると思う。

今は知らないけど筑駒中が120人の合格者を出す。この時点で「せいぜい100人や200人」は間違っている。開成は確か中学300人、高校100人くらいだっけ。忘れたけど。武蔵、麻布、学芸大附属、筑波大附属、駒場東邦・・・一流中学の男子だけでも多分1,000人は合格するし、灘とかラサールとか東大寺学園とか日本中の名門校を合わせたら2,000人を越えるかも知れない。女子を入れたら倍くらい行くかも。1.5流どころを含めたら1万人くらいは入ると思う。

そういうわけで、盛大に煽ってはいるけどひどいミスリードが含まれている。あんまり真に受けてはいけない。

最上位クラスの子供たちは早稲田や慶応の簡単な学部ぐらい何の苦労もなく合格する?

アメリカで15歳で大学を卒業したとかいう天才児の話題がたまにテレビなどで報じられるが、日本の中学受験の最前線の実態を知る者から見れば、そのような子供なら日本にいくらでもいることがわかるだろう。日本では飛び級が認められていないだけなのである。たとえばSAPIXや日能研や四谷大塚の最上位クラスの子供たちに3ヶ月ぐらい大学受験の勉強を教えてやれば、ほとんどのが子供たちが早稲田や慶応の簡単な学部ぐらい何の苦労もなく合格するだろう。

3ヶ月で十分だ。現代文や日本史のように大学受験とあまり変わらない科目なら、そのままセンター試験を受けても偏差値60ぐらいはいくだろう。このクラスの子供たちになると方程式などはすらすら解けるので、数学も一ヶ月も準備期間があれば十分だ。

まあ、受かるかも知れない。早稲田や慶応の簡単な学部って何なのか知らないけど。

ある塾みたいな教育機関でかなり幼い頃から微積分をやらせる、すごいという話を以前聞いた。しかし、y=xをxで積分すると(1/2)x^2になるだけでひどく簡単な計算ルールである。小学校高学年の勉強を聞かれるとわからないという親にとっては、小学生で積分ができると聞くと無条件で驚くようだけど、中身を見てから言わないといけない。単純な計算ができるだけなのか、積分が何なのかわかって演算しているのか。

あと現代文は成績伸び悩むと思うよ。センターならマークさえあっていれば点が来るけど、国語力ってのは案外厄介なもので、ネイティブスピーカーである日本人が受けても点数が伸びないことがある点で、英語の試験と一緒にしてはいけない。

アメリカで15歳で大学を卒業したとかいう天才児は日本にいるのか?

いるとは思う。

おいら基準で日本の御三家(男子)というと、開成・灘・筑駒である。根拠は数学オリンピックとか物理オリンピックとか国際情報オリンピックの歴代の受賞者を見てみると、例えば国際数学オリンピックのWikipediaの記載によると

日本人総出場回数上位者

  • 大島芳樹(筑波大学附属駒場中学・高等学校) 計5回(内訳1999,2000,2001,2002,2003年)
  • 丸岡哲之(開成中学・高等学校)計4回(内訳1994,1995,1996,1997年)
  • 長尾健太郎(開成中学・高等学校)計4回(内訳1997,1998,1999,2000年)
  • 今井直毅(灘中学・高等学校)計4回(内訳1999,2000,2001,2002年)
  • 片岡俊基(高田中学・高等学校)計4回(内訳2004,2005,2006,2007年)
  • 副島真(筑波大学附属駒中学・高等学校)計4回(内約2005,2007,2008,2009)

高田中学・高等学校も入っているけど、筑駒、開成と灘の存在感が大きい。出場数ではなく日本人金メダリストとか、他の国際情報オリンピックとかを見てもこれらの3校が非常に目立つ。

どういうことかというと、単に(中学受験突破時で)東大・京大などに入る公算の高いの秀才は1万人規模でいる(さらに地方の秀才も侮れないのでもっと多い)けど、真に天才と言える人が多く集まる学校はそんなに多くない。だから、アメリカで15歳で大学を卒業したとかいう天才児が日本にもたくさんいるかというと、そんなには多くないだろう。藤沢氏の買いかぶりである。一方では東大なんてクソと言いながら、評価の軸が東大に多く入る学校に入学したことでしかない。

何かの記事ですごい高校生がいると読むと、大抵は「また筑駒(あるいは開成・灘)か」って思う。おいら的御三家と他の超一流中学・高校の間にはかなり大きな差がある。

おいらはゆとり教育賛成派

では、受験をして名門校に進学するメリットは何だろうか。

当時ひとりの生徒が「うちの学校の先生はぜんぜんわかってなくて、よく間違ったことを教えるんだ。あんな授業受けたくないよ」と僕に打ち明けてきた。

こういう環境から抜け出すことが一番大きいんじゃないかと思う。あとは友人だね。何か自分で面白いことをしようと思ったときに、周りに話の合う人がいないのはとても孤独だから、勉強が好きな子供は天才が犇めくような学校に行くことは有意義なのではないかと思う。単に詰め込み教育の申し子は自分よりすごい人をたくさん見てしまうのはよくないかも知れない。

ゆとり教育はすごく批判されていて、2chなんかでも「ゆとりだから〜」とかの煽り文句になっている。でも、ゆとり教育の本質ってつまらない課題に時間を奪われることなく、ほっといても勉強する人は好きな勉強をしなさいということだったと思う。学校のカリキュラムが緩くなったくらいで学力が低下するような人は、どっちみちそんなに学力が伸びることはないと思うよ。言われなければ勉強しないのだからね。

だから、逆説的ではあるけれど受験戦争の頂点であるような名門校はゆとり教育の場でもあるのだと思う。つまらない勉強から(比較的)解放されて、自分の学びたいことを学びやすい環境が用意されている。おいらの言う意味でのゆとり教育に魅力を感じる人は中学受験をすればいい。単に中学受験が日本のトップエリートなんだと盲目的に信じて勉強するのはオススメできない。

4 件のコメント

  • 「教授のレジャーランド」って下りは多少は分かるが東大卒がクソとは思えないな。
    特に東大を出てればなおさらそう言えないと思う。藤沢って人の出身大学がどこかわからないが、
    もし東大卒で無いなら、とりあえず藤沢って人は東大を出てからこの発言をするべきでは?

  • >受験戦争の頂点であるような名門校はゆとり教育の場でもあるのだと思う
    教育史的に見ても妥当な考察だと思います。

    というのも「ゆとり(中略)教育」は,一応は教育実験校で良い成果をうんで成り者入りで導入されてるはずです。しかし,教育実験校ってのがくせ者で,要は国立大学教育学部附属の学校のことなんですが,サンプルとしてバイアスがかかりまくりのエリート校なんですね。都内でいうと筑波大学附属とか学芸大学附属がこれに当たるわけです。これらの学校で試験的に導入した「ゆとり(中略)教育」が名門校で活かされるのはある意味当たり前でしょう。国の政策の不幸な点はこれを全公立校に導入した点です。

    そんなわけで,筑波大学附属の学校がエリート校かしてることは各方面から叩かれてるのですが,筑駒なんかはエリート教育の実験校になるとわりきっているそうです。笑 個人的にはその方向で大いに頑張ってもらいたいのですが,バイアスのかかっていないサンプルがとれるホンモノの「教育実験校」も別に必要だと思います。

  • >件のエントリの著者は「国内の某大学理数系学科を卒業後、欧米の研究機関にて計算科学の分野で博士号を取得。世界的なジャーナルに多数の学術論文が掲載される。欧米の大学院でしばらく教鞭についた後〜」とあるので理科系のようだけど、本当かな。

    彼のブログに内容は全てネタですと書いてあるので多分違うと思います。

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