台湾日記(3)

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まずはコメントです。

POSTED BY あい ON 2010年1月16日
はじめまして。個人主義を色々調べていて、たどり着きました。
いまさらのコメント、申し訳ないです。
とても面白いです。
自分も海外で暮らしていて、現地にいる日本人の(まぁ自分も日本人なんですけどねw)、利己主義ぶりに
おどろいているところです。自分の利益のためには、他人を踏みつけにしても許されるという考え方。
特に、日本社会の目がありませんから、あからさまになります。
海外で生活していると、日本人同士が傷つけあう確率は、そうとう高くなります。
本性が現れる・・・とでもいうんでしょうか。
中国人なんて、現地人に「マフィア」とまで言われてしまうくらい、困ったときは助け合ってますがねぇ・・・
はっきりとはいえませんが、きっと多くの日本人は戦後入ってきた個人主義を利己主義と履き違えたんじゃないでしょうかね。
日本人が元来持っているもの、「謙虚さ、思いやり、礼儀正しさ」・・・?
何言ってんだか。に同感です。
これを感じたことは、海外生活でほとんど経験ありません。こういうポーズを取る方は何人もいらっしゃいますがね。
あくまでも建前です。
と辛らつなコメントしましたが、海外の日本人が皆こうであるというわけではありませんので!
もちろん、ちゃんと違いに気づいてひとを傷つけることなく、現地のかたがたと仲良く生活してらっしゃる方も多数いらっしゃいます。
これからもブログ読ませていただこうと思います。
長文失礼いたしました。

いえいえ、コメント頂けてうれしいです。だいぶ前のエントリですが、確か日本は歴史的に決定的な敗戦がほとんどなく、それゆえ団結して都市を守ろうという考えが希薄なのではないかという仮説を立てたと思います。それゆえ、少数が犠牲になっても全体の利益を確保する考えが希薄なのではないかと。

さらにおっしゃるように戦後の影響もあるかも知れません。アメリカのように正義を標榜して戦争までやっちゃうのも困るとは思うけど、日本は敗戦ショックから逆にこうした正義の押しつけを嫌うところがあると言った人がいます。戦前はさんざんお国のためにとか愛国心がどうのこうのってやってきて、結果はご存じの通りです。その反動で変な形の個人主義が流行ってさらに歯止めが利かなくなっているのかも知れませんね。

台湾日記・木曜日

木曜日は友人は勉強をするとかで留守だった。妹さんは仕事だし、一人でぶらぶらすることになるかと思った。しかし、結局はちょっと遅めのお昼ご飯を友人と取ることになった。髪が長いまま台湾に来てしまったので彼の行きつけの床屋を案内して貰って食事をしたからである。

台湾でもそうだが、お昼時を逃すと飲食店が夕方の準備に入るためにほとんどの飲食店が準備中になる。そのなかで餃子専門店が営業をしているので連れて行ってもらった。

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他に水餃子とかいくつか注文。値段が1個5元(15円弱)くらいで、欲しい数だけ注文できる。

餃子を啄みながら友人と色々話す。まずは彼の留学の話。彼はあるアメリカの大学のMBAコースに受かっている。しかも奨学金付き。トルコの友人が同じ大学に関心を示しているのでいくつか話を聞く。1月の下旬に大学が説明会をするので、financeコースの話を聞いてきてくれるそうだ。彼はいくつか有名大学(ハーバードとかイェールとかコロンビアとか)に出願したがかなり虐殺され、あと1つの大学に2つのコースの出願をして合格を貰った。コロンビアは願書に「奨学金はいりますか?」という欄があったのに対して、合格した大学は合格通知と一緒に奨学金も出すと向こうから言ってきたそうだ。ただし成績によっては1年で打ち止めなので必死で勉強しないと学費不足で退学になってしまう。

たまたまその大学の担当者が去年の11月くらいに台北にいたのでそこで面接を受けたらしい。そのとき色々言われたが、一つとしてはMBAコースは多様性を重視していて、君も色々な専門の人と接しなさいとのことだった。いわゆる経営畑の人とは違うアプローチで問題を解決する場合もあるし、そういうのを重視しているらしい。理科系のおいらもMBAコースに来てもいいんじゃないという話だった。

他には外銀のIT部門の話。彼は証券会社で少し働いていたのだが、あまりオススメではないという。よくトラブルの対応に追われている同僚を見てそう思ったそうだ。ニューヨーク時間に合わせると夜中に働くこともあるとか。そんな感じの話を1時間ほどした。勉強の邪魔をして申し訳ない。

それから友人は勉強中ということで図書館に戻った。おいらは床屋で髪をカットして貰う。まだほとんど中国語は喋れないが、まあなんとかなるものである。カット代が300元とQB HOUSEより安くカットできた。

妹さんからショートメールを貰って、夕食を劍南路車站で採ることにした。剣南路は最近まで路線がなかったため、あまり発展していなかったそうだ。関東で言えばつくばエクスプレス沿線の柏の葉キャンパス駅みたいな感じだろうか。以前の様子を知らないけど、街はモダンな感じがする。

食事は鉄板焼きだった。それから色々話をしたのだけど、台北で唯一だかの観覧車がここにはある。友人と花火を見ながら12月31日のカウントダウンをしたというので、おいらの寝正月前日とはずいぶん違うなあと思った。ただ、台湾のお正月は旧正月なのでこの日も普通に仕事だったそうだ。それから観覧車に乗ってみたりして駅に向かった。

駅前にWegoというショッピングモールみたいなのがあったのだけど、なんとラブホらしい。まったくラブホに見えない外装とロケーション。普通ならデパートとかある位置だよ。この辺は結構ラブホが多いリア充の街らしい。観覧車の上から見たけど、全然そんな風には見えなかった。

それから彼女のオフィスを見せてくれるということで、ちょっと移動してみた。このあたりは内湖と言って、台北版シリコンバレーみたいになっている。IT企業がオフィスを構えていて、さらに新興っぽいゆったりした都市設計になっている。

オフィスをちょっとだけ見て、それから帰宅して就寝。

金曜日

起きてシャワーを浴びて友人と昼食に出かける。友人はバイクに乗っているのでそれに乗って街中どこでもすいすい走っていく。台北ではバイク(スクーター)はかなり便利だと思う。基本的に路上駐車は禁止なのだが、歩道がゆったりしていて、歩道の一部分がバイク用スペースになっているため、どこでもだいたい止めることができる。韓国風の鍋料理屋で昼食を採る。

それから旧正月の買い出しに行くというので付き合う。バイクで連れて行かれたので正確な位置はわからないけど、台北駅からやや北西に行った川に近いエリアである。ここは歴史を感じる建造物が多く残っていて、友人の話によると金持ちが多く住んでいるらしい。ただし、最近は台北101のあたりに移住している金持ちも多いらしく、昔ほど金持ちの街でもないようなことを言っていた。

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雰囲気はアメ横のような感じだろうか。というか台北全体がアメ横って感じがする。台北にもデパートは多く進出しているが、年配の人の間ではこうしたマーケットを重視する人が多く、未だに盛況であった。

買い出しが終わると彼はアメリカに行く準備があると言うことで部屋に戻った。天気がいいし、中正紀念堂がオススメだよと言われたので足を伸ばすことにする。行ってみるとあのあたりは日本で言うと霞ヶ関みたいな官庁街のようにも見えた。彼は中正紀念堂を勧めたのだろうが、もしかすると官庁街を勧めたのかも知れない。

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中正紀念堂はおどろくほど真っ白な綺麗な建物だった。その周りの塀も美しい。空も不自然なまでに青かった。なかなかいい日に来られたと思う。

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中は蒋介石にまつわる色々な物が展示されていた。兵隊さんっぽい人がびしっと行進していたので撮影。あとで聞いたのだが、なぜ英語では蒋介石メモリアルホールなのに、漢字では「中正」なのかというと、中正というのは蒋介石の別名らしい。別名というか本名が中正で介石は字のようだ。これはあとで調べた。彼は単に蒋介石には二つ名前があるんだとしか言っていなかった。

それから台北駅あたりを散歩する。喉が渇いたのでお茶が飲みたい。台湾のお茶はどういうわけか甘いのが多く、ガイドブックには衝撃的な味だと書いてあるが、おいらはおいしいと思う。値段も手頃だし、日本でこういうお店を出したら流行らないかなあ。餃子の屋台なんかは既にあるけど、台湾風ドリンクは見たことがない。

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台湾ではおでんを「関東煮」といって結構メジャーである。ちょうちんには「おでん」とひらがなでも書いてある。関東煮のお店はだいたい行列ができている。日本にいる友人に台湾はどうかと聞かれて、食べ物が安くおいしいと言ったところ「リアルメシウマか」と言っていた。まさにそうだと思う。食べ物が原因で海外生活が嫌だという人には台湾はオススメの国(政治的には国ではないが)である。

それから友人と合流。中正紀念堂駅には西門経由で行ったのだが、再び西門という駅に行くことになった。同じ場所を行ったり来たりしている。西門は日本で言うと渋谷みたいな感じで中高生の街である。センター街にも似ているかも知れない。あとで妹さんから聞いた話だが、援助交際目当てのおっさんもたくさんいるらしい。そこで香港料理屋に案内され夕食を採り、それから買い物に付き合った。彼はランニングシューズを探していて、たぶんニューヨークでジョギングでもするのだろうと思う。セントラルパークはなかなか気持ちいいからね。それからオタクの殿堂みたいなビルに入った。特に4階かな、その辺は鉄とかプラモとかゲームとかすごかった。日本の雑誌なんかも輸入して売っている。

このとき思ったのだが、もしかして台湾で雑貨を仕入れて日本で売るよりも、日本で仕入れて台湾で売った方がいいのではないだろうか。そのくらい日本のものは人気があるように思う。レートを計算したら必ずしも安くないし。

もう一つ、このとき思ったのだが、友人の英語はあまり発音はよくないがおいらよりはいい。プラモデルを見に行くときに「まどを見に行こう」と言っているので何のこっちゃと思ったがModelだったし、他にもbagを/bæɡ/と発音する。妹さんもスーパーを/súːpər/と発音するし、おいらはついつい日本語のカタカナ発音に連られてしまうが、この辺は台湾って面白いなと思った。もしかするとこの兄妹が英語教育を受けているだけかも知れないが。

そんな感じでオタクの夜は更けていった。

土曜日

部屋の具合が色々と悪いので管理人に来て貰って交換可能な物は交換して貰った。できることなら、湯沸かし器もなんとかして欲しいのだが、台湾の感覚だとあまり熱いシャワーを浴びることはないらしく、これでぬるいと感じるのかと逆に驚かれてしまった。しかしバスタブはないし、換気扇が回っていて風通しがよくとても寒いのだ。お湯の量が少なくぬるいからとても寒く感じる。

それと前後して、管理人が来るまでの間に妹さんと昼食をすませたり行天宮に行ってきた。なんでも前日に小林幸子がここを訪れたらしく、ニュースになっていた。そうそう、台湾のニュースは四六時中放送しているため、どうでもいいニュースも多いらしい。金曜日の夜、友人と夕食を食べているときに性転換美女の話が映っていたが、土曜日の昼食時も同じ話題で盛り上がっていた。その関係で土曜日は性転換の話をしたりして盛り上がった。実は高校の後輩が性転換したらしい。仮に・・・山田君としようか。あるとき「ねえ、山田君、山田さんになったんだよ」と意味不明なことを言われたけど、性転換したらしい。性転換は身近なところに来ているなあと思った。あんだけ美女になれるなら女になってもいいかもと思うけど、きっと土台がいいんだろうな。

他にも妹さんは先日は残業をしていたという話を食事中に聞いた。台湾もなんというか残業文化かと思ったが、上司とか同僚は忘年会(こっちの正月は2月)の隠し芸の練習をしていたり、どことなくほのぼのとしてる。仕事を押しつけられる方はたまった物じゃないが、日本人よりちゃらんぽらんなところがあるのだろう。

さて、行天宮では台湾式のお参りの仕方を色々習った。フルーツを持って行く人が多く、お供え物がすごいと感じた。しかし、これはあとで持ち帰るらしい。なあんだ、お寺の人はフルーツ食べ放題じゃないんだ。さて、入るとまず手を清めたり、この辺は日本のお寺に近いものから始まる。それからお線香を2本貰った。このお寺には2柱の神様がいるらしい。名前と住所を念じて、それから願い事を心の中で唱える。それを二カ所で行う。

くじも引いた。おみくじみたいな物である。まず三日月みたいな形の物を2つ貰ってくる。これを投げて「表・裏」の組み合わせならOKで、同じ面が出るとダメらしい。最初に願い事をしていいかと神様に尋ねる。無事OKが出たので次にくじを引く。15番を引いた。また三日月を投げて、このくじで間違いないかと神様に尋ねてOKを貰う。それから15番の紙を貰う。結果は「中平」だった。漢文で色々書いてあるが、今はそのときではないので焦るべからずみたいな意味だと思う。妹さんは「下下」を引いてショックを受けていた。恋愛運なんかもダメらしい。この辺は普通の女の子だねと思った。

帰りに地下道を通ると占いとかの商売が犇めいていた。顔の産毛採りとかあるのでやってもらうことにしたが、糸を使って引っこ抜く独特のスタイルで結構痛かった。するとすぐにおばちゃんが集まってきて、男でもやって貰うんだとか、なんだかんだ日本語で言っている。この人達は日本語の上手い台湾の人か日本人かよくわからなかったが、どうも日本人ではないかと妹さんが言っていた。普通、こうしたサービスは女性向けらしいけど、そこに飛び込むと結構注目を集める。めずらしくチヤホヤされる経験をしたが、もてる女の子って日常がこう言う感じなんだろうなあ。

それから隣駅のデパートに行く。妹さんは習い事があるというので、ちょっと案内をして貰って解散する。そごうデパートなので日本庭園が中にあるとか色々と日本の雰囲気を感じる。ノリタケの食器の展示もしていたが美しいと思った。マイセンやロイヤルコペンハーゲンにも負けないものが日本にある。というか、西洋は東洋の技術をかなり頑張って会得した歴史があるのだけど。

夕食は兄も妹も忙しそうなので一人で探す。適当な店に入り、メインとスープを頼んだらスープが3人前はあるのではないかという量が出てきて難儀した。何にせよ、台湾ではスープを取らないのは変なことらしいけど、この量はない。夕食後、帰宅してtwitterでラジオをやるという人のラジオを聞きていた。

日曜日

妹さんは朝から隠し芸の練習で出頭命令を受けていた。これもある種の土日出勤だよなと思う。隠し芸の後に短時間だが仕事に向かった同僚もいるそうだ。なお休日出勤の手当は出ない。ただ働きである。

お昼頃、妹さんと合流して故宮博物院に行った。故宮というのはもともと紫禁城のことなのだが、国民党がどさくさに紛れて財宝とか美女を台湾に連れてきてしまったために、台北の故宮博物院はかなりの規模になっている。量は諸事情により持ってくることが困難だったが、価値の高い物を率先して持ってきているので、批判をおそえずに言えば北京の故宮博物院は抜け殻である。日本人は三大とか四大が好きだけど、故宮博物院は四大博物館の1つに数えられているそうだ。大英・ルーブル・エルミタージュかな。メトロポリタンが入ると何が抜けるんだろう。ともあれ、これは中国が怒っても仕方のないことをしでかしたわけだが、今のところ台北の故宮は素晴らしい財宝の数々をおよそ60万件冊も所有しているらしい。

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とてもじゃないけど全部は見きれないので、今日が期限のバイオリンの展示を主に見てきた。デルジェスとかストラディヴァリウスが目の前に展示されていたのは貴重な機会であった。

妹さんとはこの辺で解散。友達の家に行くらしい。ちょうど兄が授業が終わったそうなので台北駅で合流して夕食を採ってから周囲を歩く。総統府は警備が厳重で、近くを歩くと特殊な警官っぽいのがそーっと着いてくる。視線もかなり感じる。そんなに不審者じゃないですってば。これでは観光客は逃げてしまうよ。

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裏には小銃を構えた白いヘルメットの兵士がいた。この兵士は特別な兵士で云々・・・憲兵かと聞いたらよく知っているなと喜んでいた。自分も兵役時代、憲兵は恐ろしかったとのことである。日本ではこんな銃を持った人が警備をしているのは見たことがない。友人は「皇居にもいないの?」って聞いてきたけど、皇居にもいない(と思う)。友人は「それは日本が平和なのだな」と言っていたけど、台湾は平和ではないのか。

総統府の近くに第一女子高級中学というのがあった。第一女子高は台湾で一番の女子校らしく、台湾大学にいると結構見かけるそうだ。友人の最初の彼女がここの出身らしく、ここの女子は非常にアグレッシブだと言っていた。付き合っている間も色々難しいことを聞かれて、答えられなかったとかそんな思い出を聞かせてくれた。

あと台湾銀行があった。ここは華麗なる一族のロケにも使われた銀行だそうだ。

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明日からは学校に行くことになる。久しぶりに真人間の生活、楽しみだ。