就活くたばれ

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ばいおブログを通じて知ったのだけど、北大の学生と早稲田の学生が「就活くたばれ」というアンチ就活デモをやったそうです。これは、昨今のデモとか学生運動とかが格好悪いという風潮の中でよくぞ決起したと素直に称賛したいと思います。やや大げさだけど偉業と言ってもいいでしょう。

「就活くたばれ」のキーワードが縦糸と横糸をつなげた

Googleで「就活くたばれ」で検索すると気づくのですが、意外と大きな反響があったようです。負け組がなんかやっているよという冷ややかな目で見られたり、2chの痛いニュースか何かでバカにされたりするのかと思ったら、意外と支持する人が多いのですね。また、そうしたことを書いている人のブログも串刺し的に探すことができます。現代の就活とかいう茶番劇が馬鹿げていると思っている人がこんなにいたのだとわかったのは大きい。Twitterのハッシュタグみたいに「就活くたばれ」がそうした考えの人を繋ぐ横糸になると面白いのではないかと思うのです。

初回は今一歩かな

札幌で行動を起こした「O瀧さんの暴動ステーション」の該当エントリ「就活くたばれデモ@札幌 (詳細)」を見ると次のようなことが書いてあります。

「就活始まるの早いぞー」
「マイナビ・リクナビは学生を急かすなー!」
「セミナーで企業宣伝するなー」
「ネクタイ息苦しいぞー」
「ブラック企業は、セミナーに来るな!」
「面接官、偉そうな態度とるなー!」
「面接に行く時の交通費をよこせー」
「俺達、全員採用しろー!」
「採用されても働かないぞー!」

これを見ると参加者の間の意見にも色々あることがわかります。もちろん、全員の見解を統一しなければいけないというものでもないので、色んな視点があるのはよいことです。

ところで、たとえば「就活始まるの早いぞー」とか「マイナビ・リクナビは学生を急かすなー!」は就活の長期化について文句を言っています。大学は就活予備校ではないってフレーズはおいらも使ったことがあります(パクったわけではないつもり)。

一方で「ネクタイ息苦しいぞー」は何を目標としているのでしょうか。会社がノーネクタイ文化になればOK?面接官がクールビズで就活生には真夏でも上着とネクタイを強要するなら「面接官、偉そうな態度とるなー!」 と重なって意味はわかります。明らかに立場が下じゃないかと。表向きは「企業があなたを選び、あなたも企業を選ぶのです」と言っているけど、実際には厳然たる上下関係があって、そのことを批判しているのでしょうか。いくつか、気持ちはわかるのだけど、それを混ぜてしまうことで訴求力が弱くなる懸念があります。

回数を重ねて参加者が増えると、それぞれの主義主張ごとにグループを作って、そのグループごとに動くようになるとよいと思います。

あと、全体的にデモは紳士的に行われたようですね。どっかの歌手が道路の使用許可もとらずにゲリラコンサートをして事務所のスタッフが書類送検された話がありましたが、そこいらの社会人なんかよりもずっと社会のルールを守っていると思います。

「就活くたばれ」と言ってこなかったから今の惨状がある

イェーリングの言うように権利の上に眠るものは保護されないわけで、行動を起こすことに意味はあります。これは「日常ごっこ」の「むしろ『就活くたばれ』と言ってこなかったからこそ今の惨状があるんじゃないの」でもあるように、我々は既にロスジェネ世代がどうしようもない人生の袋小路に迷い込んでしまったという失敗例を見ています。本来産業を支えているであろう年代が不安定な仕事で職業訓練もままならずワーキングプアと言われている状況は国の競争力にまで影響を与えていると思います。鳩山政権の事業仕分けでも税収がもっと多ければこんな苦労はしないのにね。今は37兆円くらいしか税収がないんだっけ?ロスジェネ世代はこれから先もおそらく豊かになることはないでしょう。同時にこのさき定年退職で辞める人が増えていくとどんどん減り、税収が増える公算は残念ながら低いのです。

今の就活生が第二のロスジェネになり、同時に現在高給を取っている定年間近な人たちが退職していく年齢スライドが起きる10年後には税収はどのくらいになっているのでしょうか。所得税はかなり低いだろうし、脱税ではないのだから所得税が低いということは企業業績も低いわけで、きっと法人税も相当伸び悩むはずです。税収20兆円くらいになるかも知れない。そうなったら、事業仕分けのスーパーコンピュータどころの騒ぎではなく、もう民間企業にはまともに価値を生産できる人材はいないだろうし、国家も予算がないから効果的な手段を打つことはできなくなっています。科学技術立国としては再起不能です。観光立国にでもなれたらいいんだけどね。

そうならないための「就活くたばれ」が必要

前述の「むしろ『就活くたばれ』と言ってこなかったからこそ今の惨状があるんじゃないの」に

今の就活の方法っていうのは、確かにそれこそ誰も幸せにならない方法を、ただ単に「昔からの慣習だから」とか「その方が格好が付くから」とかいう理由で採用していたり
(略)

とあるけれど、今の就活は昔からの習慣に則っていません(昔がいつかによるけど)。ここ数年でも結構変わっています。もう少し前はコミュニケーション能力採用が多かったと思いますが、現在は即戦力採用にシフトしているように見えます。新卒の学生に即戦力であれと言うのはちょっと無理がありませんか?これはつまり研修の放棄であり、とにかく金を稼いでこいという企業の姿勢の表れです。お金を使って人を集めると、その投下したお金以上に儲かるというのは(経営者にとって)すばらしいことですが、おそらく国家全体としてはろくでもない結果になります。新卒の人が稼げる範囲なんてたかが知れていて、日本の産業レベル全体がかなり低下します。

やはり大きな転換点はバブル崩壊後の就職氷河期だと思います。あの頃を境に多くの企業は長期的ビジョンに基づいた成長戦略を諦めたように見えます(企業は絶対に認めないと思いますけど)。そこにSPIとかエントリーシート方式を引っさげて某R社やその類似企業が就職市場に変革をもたらします。大学生に求められる学力水準は分数の計算などができればOKという小学校卒業程度に引き下げられます。それに伴い、学力とは別の基準が登場します。「日常ごっこ」の言葉を借りると

色々企業調べてみたけどどれも「やりがい」だとか「コミュニケーション能力」だとかそういう危険で、更に僕がだいっ嫌いなワード並べてくるし、それに面接とかは怖い話一杯聞くしってことで、どーにもやる気が起きなかったんですね。ただ、そうは言っても僕は就活一切していないことには変わりありません。

こういう感じの採用に変わります。そして日本の一人当たりGDPは年々低下して、現在では世界で23番目です。おそらく10年後には50番目くらい(年間一人当たり10,000ドルくらい)になると思います。

この流れを止める一つの方法としては、やはり人材の適材適所にあります。管理職というのは管理するのが仕事なのだから、多少非コミュであっても既卒であっても年増であっても、何か一芸に秀でているならそれを上手に使いこなすべきではないのですか?博士号を持った、ある種の仕事を与えれば相当の力を発揮するであろう人が年増で非コミュで使いにくいとしても、それを何とかするのが真のリア充の仕事だと思います(シーボを見ていると、誰であっても話を合わせられるすごい技能を持っています。リア充同士でしか仲よくできない似非リア充とは違うなあって常々感心しております)。

ともあれ、日本は人口は世界で10番目なんだそうです。教育水準は測りにくいけど、おそらく10位以内には入れます。両方とも上位にいるのにGDPが低いというのはシステムの不備によるものです。政府にしても企業にしても組織というのは人の集合体だから、組織のシステムが悪いのは、採用方針が悪いことを長らく続けてきた結果によるものです。したがって、就活のシステムは早急に改めるべきです。

そうは言ってもほっといたら何も変わらず、企業はさらに短絡的に金を稼げる方向に邁進するでしょう。だからこそ、こうした「就活くたばれ」というデモは高く評価しています。

あるいは博士号持ちの貧困層が1万人規模でシンガポールあたりに移住して研究を始めたら多少ニュースになるんだろうけど。あるいは、そうした人たちの中から顕著な業績が上がって「あの業績は日本のものだったはずなのに」という事例が出てくれば見直されるきっかけになるかな。それができないから今の状況なんですよね。

1 個のコメント

  • アメリカ暮らしの下村先生がノーベル賞とっても、「日本人がノーベル賞だ わーいわーい」という感じで、「日本の業績のはずなのにアメリカにとられた」みたいな扱いは希薄だったような気がします。同時にもっと目立つ人たちがいたからなだけかもしれませんが。それがシンガポールでも中国でもなんても、見直されるきっかけにはならなさそう・・・。

    でも、さすがに10年で一人当たりGDPが1万ドルまでは行かないと思うけどなあ。年率-10%成長が続いても10年じゃ1万ドルは十分超えたままだし。それに、低いのは一人当たりのGDPであって、GDPそのものは高いのだから、人口は世界で10番目~以下はちょっと話がずれちゃってるような気がします。

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