ゆとり世代から学力低下?

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このエントリは『「京大工学生はゆとり世代から学力低下」〜さらば工学部(7)』についてのコメントです。

ゆとり教育で学力は低下するのか?

自分の実感だとしないと思うのですよ。勉強できる人は放っておいてもできるようになります。

ただ、自分の場合は情報系なので工業化学科とは事情は違うかも知れません。

というのは、最近のパソコンの低価格化でご家庭にパソコンのあるケースは珍しくなく、またインターネットの普及によって必要な情報にはどんどんアクセスできます。結果的に情報系の学生でできる人というのは、ほっといても勝手に勉強しているものです。趣味の上で必要な技術を身につけていくと数学とか物理はできるようになるものです。

工業化学科との大きな違いは自主的に勉強できる点にあります。中学生が自宅に怪しげな薬剤を買い込んで実験しているってあるでしょうか?確かに成人が身分証明書を持って行けば案外劇薬の類でも買うことはできるので、親の後押しがあれば自宅に硫酸があるとか、そういう家庭もあるかも知れません。でも、実験設備は必要だし、実質的に無理だと思います。自宅で青酸ガスを吸って死にかけた高校生なんて聞いたことがありません。

その点、情報はいいですよ。基本的にコンピュータがあればOK。現代ではフリーのPC UNIXもたくさんあるので、開発環境なんかも全部無料だし、パソコンが高性能化しているから、秋葉原に1万円も握って中古パソコンを買ってくれば十分なものが手に入ります。親の支援がなくても十分にその道に染まることは可能です。ちょっといいものを作ってネットに晒せばすぐに神になれます。十六進数の九九(F x F = E1とか)ができるような人がその辺にいませんか?

オタクは全体的に学力低下している

昔のオタクは甘っちょろいものではありませんでした。無線オタクにしても、初期のコンピュータオタクにしても、知識がないと何にもできません。パソコンを起動しても、真っ黒な画面でコマンドを待っているだけです。メモリだってわずかしかないし、そうするとUMBにどうやって常駐ソフトを詰めていくか、メモリマップが頭の中にあるような人が結構いました。ソフトだって不親切で、ちょっと面白みを感じるとプログラムを書く方向に行くしかないわけです。

しかし、現代のアニオタとかゲーオタ、モーヲタなどは技術がなくてもなることができます。これによって、オタク人口は急激に増えたのですが、同時に昔ならオタクになれない人までがオタクの道に突き進んでいきました。

以上、脱線でした。

私立の進学校は手取り足取りらしい

K成とか某Nあたりは聞くところによると親切らしいですね。しかし、例えば東大教養学部から線路を隔てたところにある某進学校TKはそうではありません。ほっとくとEランクすら受かるか分からない人が出てきます(きわめて稀ですが)。TKの進学実績を支えているのは、本人のポテンシャルに負うところが大きいわけです。

ポテンシャルがあるということは、そもそも勉強が好きで、放置しても趣味を兼ねた勉強をしてしまうということです。暇つぶしに数学の問題を考えていたりします。新聞に載っている数独を解くのを趣味としていて、本屋で問題集を買ってくる人がいますが、あれと同じことを学校でやる範囲でもやっているわけです。中学生の頃から大学入試の問題を解いていたり。

理系の話ばかりしたけど、文科系でも同じです。国語だって普段から本を月に100冊読む(身の回りには結構います)ような人は国語力あるし、習っていない漢字だって書けるし読める。

カリキュラムに左右される人はもともとエリートではない

そう考えると、京都大学に入ってくるような人がゆとり教育で学力が・・・ってのはにわかには信じられません。大学には余裕合格の人から、何とか滑り込んだ人まで色々いるのは理解していますが、勉強する姿勢のできていない人は少数派だと思っています。数学は苦手だけど読書は好きとか、そういうタイプです。

教育についてのスタンスがそもそもおかしい

教育関係のニュースは結構がっくり来るものがたくさんあります。例えば「『区立中で塾補習』都が待った…杉並区・和田中」とかです。リンク切れになるかも知れないので引用しておきますが

「区立中で塾補習」都が待った…杉並区・和田中
 東京都杉並区立和田中学校で進められている塾講師による夜間授業計画に、都教委が7日、“待った”をかけた。

「機会均等に疑義」区教委は猛反発
 「義務教育の機会均等の観点から疑義がある」と区教委に見直しを指導したが、区教委は猛反発。都と区が対立する異例の形となっている。

 夜間授業は大手進学塾「サピックス」の講師が数学を週6コマ、国語、英語は同3コマずつ、2年生の希望生徒を対象に行う。既に19人の受講が決まり、9日からスタートする予定だった。

 これに対し、都教委は「有料で特定の学習塾の講師が授業する点などが問題」とし、文書で指導。指導を受け、同校は実施時期を26日に延期することを決めたものの、「不退転の決意で実施したい」と反発。区教委も「補習であり、問題ないはず。実現できるよう支援したい」とコメントした。

(2008年1月8日 読売新聞)

何で機会平等とか言って低い方に合わせようとするかなあ。一つの原因は猫も杓子も進学する現代日本の風潮に問題があるように思います。ケーキ作りが好きな人は料理学校に堂々と行けばいいのに、周りが大学進学を勧めるというやつです。別に勉強なんかできても偉いなんてことはありませんよ、ほんと。学力なんて将棋が強いみたいな一種の特技というか趣味の結果なのであって、国民全員が将棋の有段者みたいな国があったら気持ち悪いと思いませんか?

話が飛んだけど、勉強したい人にはさせればいいのに、それを「校舎を使うから」とかへりくつ並べて文句を言うわけです。学校の将棋クラブだって校舎使ってるでしょう。

低い方に合わせる日本

ニュースを見ていると字幕にがっくり来ることがよくあります。例えば「僧りょ」ですが「侶」という字が当用漢字にないのだか、なんだか知らないけど使えないのです。これじゃドラクエだってプレイできないし、漫画雑誌だって読めません。

教育でも同じことがあるようで、小学校6年生が作文に難しい字を使うと「これはまだ習っていない字だから使えません」という教員もいるとかいないとか。

ゆとり教育というカリキュラムはいいことだと思うのです。そもそも勉強をやらせるべきじゃない人に無理に勉強させる方がおかしいのですから。運動が苦手な子供に「リフティング最低100回できるまで帰さない」って言うのは酷ですが、それと同じで得意分野なり個性を伸ばせばいいんです。没個性的に同じカリキュラムを与えるというのはそもそもおかしい。

もちろん、勉強以外の個性を伸ばすとしたら、その個性を持った人を受け入れる職場が必要です。リア充が欲しい職場では、リア充養成学校の卒業生を採用すればいいのです。一般企業の営業の人がギリシャ建築とローマ建築の詳細な違いについて知っている意味はありませんが、(いまでは時代遅れとして批判もされているけど)接待をしたりキャバクラに連れて行ったりお客さんと良好な関係を築ける能力は重要です。けど、大学生にそういうのを求めないで欲しいと思います。オナニートが直接お客様と話ができないのなら、IT業界でITコンサルを置いているようにそうするべきです。

2 件のコメント

  • そなんですか?カリキュラム依存だとしたら、ばいおのようなエリートは誕生し得ないでしょう。有名な例では、昔の都立日比谷高校は今で言う開成とか筑駒みたいな学校だったけど、学校群を導入したとたんにダメになってしまいました。

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