日本人の社畜化

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繰り返される「誰でも」=秋葉原、茨城…無差別殺傷で−パチンコ店火災

「誰でもいいから殺したいと思った」。大阪府警によると、大阪市此花区のパチンコ店放火殺人事件で逮捕された高見素直容疑者はこう語ったという。過去の無差別殺傷事件でも、容疑者が同様に供述した例は多くある。
 昨年6月の東京・秋葉原の通り魔事件で、7人を殺害した罪などで起訴された加藤智大被告は「世の中がいやになった。誰でもよかった。社会が悪い」と供述したとされる。
 高見容疑者も「人生に嫌気が差した」と話し、その理由について仕事や金がないことを挙げているという。加藤被告は派遣社員として働き、職場への不満が動機につながったと供述した。

支配層に怒りを向けないという意味で社畜に似ている

社畜は海外ニート氏の言葉を借りれば

クソ労働環境で虐げられているのに、怒りの矛先が上(支配層)に向かう事は決してなく、なぜか経営者視線wで社畜になり切れてない人を「社会人失格」、「社会不適合者」などとホザイて叩いてる始末。まあ、社畜連中はきっと皆が自分と同じようにキツい思いをしてないと気が済まないんだろうなあ。

その典型のような社畜クオリティーに溢れるコメントが前回の日記にも出て来てたけど、「旅行で一週間も休んだら、その間にクライアントや同僚に迷惑をかけますよね。法律が許しているからといって、無責任に(有給を)とるのは、自称社会人なガキのすること。」って雇われてる側の人間が言う台詞じゃないだろ、これ?? 経営者ほくそ笑みまくりだぞ!陰でガッツポーズをキメてるぞw。今頃祝杯上げてるぞw。これもコメントからの引用だけど、「労働者が互いを牽制し合ってお互いに休みを取らせないような、経営者に理想的な環境の出来上がり」だww。

という、共通の敵であるはずの搾取側と戦わず、どういうわけか搾取側の仲間になったかのような誤解をして、なおかつ他の人の足を引っ張る人とでも言えばいいのかな。単に雇用契約をしているというより、魂までも売り渡してしまったような感じ。

誰でもよかった殺人でも、破滅主義みたいなのもいるけど、秋葉原の加藤某にしろ、今回の被疑者にしろ、現代のワープア社会の被害者と言えないこともないような人が多い。だとするのなら、誰でもいいターゲットは搾取側に向くのが自然だと思う(別に煽っているわけじゃないですよ)。

しかし、実際に事件が起きると被害者もどちらかというと低賃金で使われている側のことが多い。ワーキングプアの暴走は、自分の同胞(?)を巻き込んでばかりいる。搾取している側は安全なところでほくそ笑んでいるかも知れない。関係ないと。

現代の貧困が、単に経済規模の縮小によって全体が貧しくなったのならいいのだけど、実際には貧富の差が拡大している。それを「新自由主義だから仕方ない」とか言う人もいるけど、新自由主義というのは市場に任せたら上手くいくよという経済政策のことで、無能な経営者のツケを末端の労働者が担うものではないはずなんだ。采配を間違えたのなら、末端の労働者に押しつける前に自分たちの報酬をまず減らすのが筋だと思うけど、ワンマンのベンチャーはともかく大企業でも役員報酬は依然として高い。悪いところだけアメリカ的な経営を導入したような気がする。

いくら貧しさゆえに悲惨な殺人が起きても、こういうお手盛りでよろしくやっている連中はきっとなんとも思わないのだろうなあ。もちろん、このエントリの意図は経営者とか搾取側をターゲットにしろと煽るものではない。企業が赤字とか大規模な増資をしなきゃいけないときは、末端の従業員の賃金をカットするとか雇用を絞る前に、役員報酬0にするとかそのくらいはしてほしいという願いである。下っ端ばかりに痛みを押しつけないで欲しい。今の社畜化された国民では、いくら痛めつけられても上にたいして怒りをぶつけることはない。だからって安心して痛めつけすぎるのは困る。