金玉ついてない

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急性iPhone開発したい病が発病して困っているが『2週間で2500万円を手に入れたiPhoneアプリ開発者(iShoot)による「なぜサン・マイクロシステムズを辞めるのか。」をほぼ訳』と絡めてちょっと仕事について考えてみたい。

給料は「貰う」のではなく「稼ぐ」

ばいおが仕事とは『「殴らせるから金ちょうだい」と言っているような』ものと評しているが、それは違うと思う。そもそも、親でもないやつが金を《くれる》はずがないのだから「ちょうだい」と言うのは外れである。同様に《給料貰える》という言い方もやめるべきだ。給料は稼いでいるのだ。ついでに言うと《がんばった自分へのご褒美(笑)》もおかしい。自分で稼いだ金をどう使おうと自分の勝手である。《ご褒美》なんて言っていると「殴られるのに耐えた自分へのご褒美」でもいいような気がする。ばいおはスイーツ脳に冒されているのかも知れない。

そもそも、金は突然発生するはずもないので、給料は従業員が稼いだ金の合計から、いくらかピンハネして配分したものである。一人で年間に何億円も稼げる人からすると会社にいるのは馬鹿らしいかも知れない。しかし、会社から飛び出すとそれまでの自分の仕事のほかに、例えば営業、特許申請、経理、法務、経営などなど、雑多な仕事が降り掛かってきて、組織に属していることで仕事に集中できていたことに気づくだろう。一方で、給料以下の稼ぎしかない人も、突然大きな成果が出て企業が潤うこともあるので、給料泥棒の誹りを受けなくてもいいと思う。組織とはそういうものだ。もっとも、最近の日本企業は短期的利益しか興味のないところが増えたようだけど。

ブラック企業は避けられて当然

ただ、ばいおの言っていることも全面的に外れているわけでもない。まずブラック企業の存在。なぜ就活生はブラック企業を避けるのかと言うと、労働の対価として給料を得ている実感がないからだろう。労働とは価値のあるもの(物質でなくてもよい)を生産して、その報酬を得る活動とすると、ブラック企業の中にはゴミ同然のものを作って、コミュ力営業で無理矢理売りつけるような会社も存在し、そういう会社は前述の定義の労働とは言えない。また、そうした競争力のないものしか作れない会社は投入した時間に対してリターンが少ない。つまり給料が安い上に激務である。時間の切り売り感覚しかないだろうし、周りもDQNみたいなのが多いから居心地も悪いと思う。

だから、ブラック企業を避ける。ブラック企業を首尾よく避けて就職できれば、上述のような労働にありつけると期待している。国内総ブラックになってしまわない限りはね。短期的利益追求ばかりだと、いつ金になるかわからない研究開発投資ができないので、途上国の安い労働コストと戦うしかなく、結果的にブラックだらけになるんだろうけど。

リスクを取るということ

企業に属している場合は従業員はリスクを取らなくていいとされる。

例えばパン屋を考えよう。原材料をいつもと同じ量仕入れてパンを焼いた。しかし、天候が悪く客足が遠のきパンが売れ残った。仕方がないので半額セールをしたが、それでも売れ残りが出た。それに懲りて、今度は少量のパンしか焼かなかったが、今度は近くでイベントがあったので客が多くきたが、パンが少なかったので利益を逃した。個人経営の店だったら、こうした経営方針のリスクは全部自分で負うことになる。

ある程度の規模の企業で働いているとこうしたリスクは企業が背負うことになる。意図的に損害を出したのでなければ、ちょっとした失敗程度では解雇はされないことになっている(最近は変なのが多いようだけど)。そのかわり、従業員はほどほどの賃金で働くというリスクを背負う。雇用さえていればリスクがないというわけではない。

さらに、雇用されていると安泰なので、そこを動かないという選択をすることになる。何もしないのも一つの選択であるが、意外と意識されていないようだ。会社を辞めるというと一大決心のように言われるけれど、会社にとどまるのも同様の決心であるはず。

ばいおの言うように「何の役にも立たなかった、心身をすり減らし、時間も無駄にしただけだった」となる会社もあるだろう。それは、そういう会社に留まるという選択をした結果のリスクである。ばいおは大学が糞だと思うなら中退すべきだったが、卒業まで来てしまった。何もしないでレールに乗っていると、どんどん時間が過ぎてしまう。結局リスクのない人生などないのである。

2,500万円を短期で稼いでサンを辞めた人は

彼は一生には不十分だが、当面は十分暮らしていけるだけの現金を得たことで、数ヶ月のオフをとり「次のヒットに挑戦してやろうじゃないの」と考えているそうだ。この間にアイディアが出なければ、すごすごと再就職先を探す必要もあるだろうし、見込み通りに仕事が見つからないかも知れない。

それにも関わらず、同時に彼は

静かに自分の席に座って、なんの興味もでない仕事をこなして、時間をつくり、自分が到達したい水準のiPhoneアプリ開発へのエネルギーを抱いたままやっていくなんて、そんなのただ哀れな(なにもやらないことへの)言い訳にすぎないし、サンと私両方にとってフェアじゃない。

と、社畜ライフを捨てることを選んだ。つまんねー仕事より、刺激的な人生の方がよかったのだろう。ばいおの言うように「糞会社なんかすぐやめてしまえ」を実践したのだ。でも、これは彼がある程度の成功をしていて、これからも成功を継続できる自信があるからこその判断で、そうでなければ、単に無職になるだけだ。

では、どうしたら糞会社を辞めて生計を立てられるか。それはおそらく、金は貰うものではなく稼ぐものだと理解して、稼ぐための努力をすることだろう。そうした道は険しいけれど、現代社会は案外そうした道も残されているような気がする。その一つがiPhone開発である。