嫌儲

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嫌儲という言葉がある。ネットで生まれた言葉なので読み方は諸説あって定まっていない。Wikipediaによると嫌儲とは「金儲けを悪と考える思想、感情、もしくはその活動、態度、それを行う人物、団体を示すインターネットスラング」だそうだ。

さて、slashdotに『2 ちゃんねるブラウザ「Jane Style」作者が (株) ジェーンを立ち上げ』というエントリがある。この流れがなかなか興味深いので、一部を引用する。

金儲けは汚い

だって汚いじゃん
それで生活してるんだよ

こういうソフトウェアを自分一人で開発してきたような、無料でバグ報告とか機能のリクエストをした利用者にもなにかするべき

それがいやなら、今まで利益が無くても個人的(違うな)に開発をしていたことをそれを利用者かバグがなくなるまで続けるべき

流れがあるのでここだけ切り出すのは不適切かも知れないが、ともあれこれを書いた人は2chブラウザを作っている人が会社を設立して、そこに儲けの構造を入れたことに不満があるらしい。それに対して

では、あなたはどうやって生活の糧を得てるのでしょう。
その仕事は汚くないのですね?

というコメントをつけた人がいる。それに対しての返信が

いや、汚いよ。
つーか、きれいなお金なんてあるの?

とある。他にも関連の投稿はあるけど、とりあえずこんなもので。

ニートの発想

この嫌儲という発想は日本にはもともとあったような気がする。江戸っ子の「宵越しの銭は持たねぇ」なんてのもそれに通じる気がする。食べるのに必要な金はともかく、それ以上の金を持つことを嫌がり、仮に手に入ってもぱーっと使ってしまう。だから、最近出てきた新人類というわけでもない。ある個人が儲けることを嫌うのは信条の自由なので別に文句はない。

しかし、何か労働をして生産者余剰を生む行為を汚いと考え、考えるだけならいいけど妨害する人が最近増えてきたと思う。身もふたもないことをいうと暇人が多い。例えば、開発者の掲示板を執拗に荒らすとか、ブログを炎上させるとか、そういう価値を生産するどころか、人の足を引っ張ることに時間を費やす人が多いのは困ったものだと思う。本格的に生活が困窮してくれば、そんなことに労力を費やすことはしないんだろうけど、何らかの事情で生活が成り立っていると、こうした足を引っ張る行為に精を出す人が増える。

労力というのは自分あるいは社会が豊かになるために使うべきものだと私は思うけど、逆に他人あるいは社会全体の利益を損なうことに情熱を注ぐ人たちがいる。こうした社会全体の発展に無関心、あるいは敵対的であるのはニートの発想なのかも知れない。いや、もっと過激に言うと、ろくに主義主張のない泡沫テロリストの発想かも。