東大法学部卒・殺害予告で逮捕

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なんていいますか、頭悪いのか自暴自棄になったのかわからないけど、とりあえず驚きました。彼は高等遊民なのでしょうか。だとしたら経歴の瑕は問題ないでしょう。しかし、単なる無い内定、我々の先輩だとしたらとんでもないバカなことをしたと言えます。限りなく0に近かった社会復帰の路(日本は新卒社会だから25まで無職やっていたらまともな人生は無理でしょう)が、さらに小さくなってしまいました。

で、ばいおにコメント。

非本質的で支離滅裂な語句の詰め込みによる条件反射労働マシンの大量生産といった、日本実社会の奴隷制度のための継続反復的な価値の再生産である。

という原文に対して、ばいおのコメントが

まあ、そういえなくもないと思いますけど、日本はかつては中等教育は成功していたと思います。今は失敗しているようですが。その結果日本も発展したのではないかと。私は高等教育がクソだと思います。これも、最近さらに悪化していると思います。

ええと、私はかつてから中等教育は腐っていたと思います。私の父は理科系で、自分の専門分野においては優秀な人間だと思うのですが、文科系の素養というとからきしダメです。いわゆる専門バカと言っていいでしょう。

こうした人間の特徴は極めて近視眼的であることです。最近は自分の子供がニートになりかけているので、少しは理解を示すようになりましたが、父のような人間は教科書に書いてあるような建前しか信じません。しか、は言い過ぎかも知れませんが、その傾向は強いです。最近の内定取り消しだって、あんなの違法だから戦えば権利は保障されると主張します。でも、実際は企業と学生は対等なんかじゃないんですよ。ここで騒いで他社の人事にマークされるよりは、大人しく就活を再開するのがベストな選択肢だと私は思います。

父は全般的に正統な権利は保護されると信じています。所得が極端に少なければ生活保護を申請すれば限りなく100%に近い割合で受理されると信じています。ブラック企業なら、労働組合に頼れば必ず何とかしてくれると思っています。労基署は必ず労働者の味方になってくれる、司法は善良な市民の味方だと考えています。

これだけだと「おまえの親父がバカなだけだろ?」ということになりかねないのですが、あの年代は往々にしてそういう傾向があります。よく「日本はアメリカと違って人に優しい会社運営だから」と言います。別に私の父だけが言っているわけではありません。未だに言い続けている人がたくさんいます。しかし、そんなのは嘘っぱちであることは比較的明らかじゃないですか?

例えばですね、社会科の教科書で職業について触れている部分がありますが、労働者になることばかり取り上げています。つまり、労働者としてドロップアウトしたら死ぬしかないような人間を意識的に育てようとしている・・・というと言い過ぎかな。ただ、文科省のスタンスは優秀な社畜を育てることにあります。

今までは時代的に高度成長期であり、安い賃金で勤勉な労働者がたくさんいることで経済は上向きでした。今日より明日の方がいいと信じられる時代でした。だからわかりにくかった。いま日本の走っているレールの先は崖ですよってことにほとんどの人が気づいていなかったわけです。

私の父はまあ高学歴です。奨学金に釣られて変なところに就職しちゃった(なんと奨学金を出すからウチに来てくれというオファーを受けています、就活でボロぞうきんになった私たちとは大違いの待遇ですね)ので、同級生たちに比べると給与水準は低いけど、十分な所得は得ていましたので、老後に再雇用を求めるなんてことは必要なく、それどころか定年を前倒しにして引きこもることが可能でした。

ただ、同年代の人の多くは60歳で退職して65歳まで食いつなぐために再雇用を求めた人もたくさんいました。そのときになって初めて気がつく人も多かったようです。今の採用があまりに非人道的であると。

客観的に見ると、年長者を敬う私たちから見ると羨望の雇用条件なのに、多くのぬくぬく生きてきた世代は「バカにするな」と怒った人も相当いたとか。

若年層の実際の待遇 < 再雇用を求めたある人に提示された待遇 < 再雇用を求める人の人として最低限の基準

であるというわけです。

日本は真面目な労働者を多く育てるという意味では成功だったのかも知れませんが、結果的に世間知らずの専門バカを大量に生み出してしまいました。自分が世間知らずだったために、社会における影響力を持ちうる間に戦うことをしなかったのです。結果的に、断崖に向かって走り続ける列車を止めようとしないで、ここまできてしまいました。

今から思うと、戦後教育は大きなミスをしました。人間として最低限、自分で物事を考えるという習慣がつくように教育してこなかったのです。結果的に、いわゆる団塊の世代はメディアリテラシーが低いと指摘されるようになりました。教科書とか、全国紙とかキー局のようなメジャーなマスコミ、あるいは司法などの言うことに対して批判能力が欠如しています。優れていたのは、誰かの指示通りに列車を走らせる技術だけです。

2 件のコメント

  • 文系科目と理系科目に分けて考えるのを忘れてましたよ。理系科目に関しては基礎力の定着は20年前くらいまでは日本は世界でも群を抜いていたんじゃないですかね。そこは評価すべきかと。
    ですが、批判を恐れずに言うならば、文系科目に関しては、他者の価値観を刷り込まれてるでけって感じでしょうかね。

  • 私は中等教育は成功していたように思います。そして、日本では大学の学部も中等教育に含めてしまってはいいのではないかと。
    大規模な高度経済成長を支えたのは、高い識字率や学力であったのは間違いないでしょう。
    アフリカなどを見ると、国家による統一という概念がなく民族同士で意思決定をしていたり、また教育がほとんど行われていないという現状があります。
    そのため、多くの企業がアジアには工場を設置できてもアフリカには置けません。簡単な四則演算や文字も読めないとなると話になりませんから。
    日本の場合は、戦前から学校教育が普及しておりこれにより短期間で国際連盟の常任理事国になるほどの大国となりました。
    戦後は旧帝大だけでなく、地方国立大や私立大学が増えることにより、技術者を大量に増やしハイテク産業を育てられるまでになりました。
    現在中国とインドが急速に経済発展していますが、モデルとしているのは高度経済成長期の日本です。
    当時としては良かったのですが、時代に合わなくなったということでしょうね。
    グローバル化で先進国では格差、途上国同士も競争が激しくなる中でどの先進国も発展モデルを失っているんでしょう。
    ただ、アメリカの教育の方がいいとは思いません。たしかにゆとり教育はアメリカの教育を模範にしようとしましたが、優秀な一部の人間を生み出した一方、ろくに算数もできない人間がたくさんいるのがあちらの国です。さらに現在では金持ち区域がゲートで囲われ教育の質も違う有様です。

    ただ、団塊世代や焼け跡世代は苦労はしていると思います。焼け跡から会社を建てたのは焼け跡世代ですし、省エネ化、FA化、日米半導体競争をしたのは団塊世代です。50代と30代はいいけど40代のバブル世代つかえねーというのはどの会社でも聞く話です。
    ただ、同じ苦労人である50代と30代でも価値観の違いはありますね。
    年功序列も終身雇用も消えたことを知っている世代は、会社が傾いた時には立て直すよりも逃げ出すことを考えますから。

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